※今回の作品は性別・一人称を変更して、自由にお読みいただけます。
たけのこは音声投稿サイトHEARで「HEARシナリオ部」に所属しています。
物語創作が好きなユーザーによる部活で、HEAR内で自由に使ってもらえるシナリオを制作・公開するのが主な活動です。
今回は「キャンプ」をテーマにしたシナリオ『流星が教えてくれる』を掲載します。よろしければ朗読にお使いください。
<2021/08/26追記>「これで空を毎日見上げていれば」を「こんな空を毎日見上げていれば」に修正させていただきました。
『流星が教えてくれる』本文
連休明けのおかげか、キャンプ場には客がいなかった。
誰にも会わないのは気が楽だし、都合がいい。
車のグローブボックスを開けて、封筒から中身を取り出す。
「疲れました。ごめんなさい」
落ちこぼれ社会人が書いた一行の、なんと薄っぺらいことか。
我ながら、重みがないと思ってしまう。
仕事じゃ結果を出せず、何をやってもカラ回り。
いつだって真剣なのに、誰も分かってくれない。
怒られるか、馬鹿にされる毎日。ずっとそうだ。
明日が怖くなって、だから今日で終わりにすると決めた。
準備をするため車を降りると、太陽が私を貫く。
正義感たっぷりの光で、私の行為を責め立てる。
考えたけど、もうこれしかないんだ。分かってほしい。
あいつがいなくなるまで時間を潰そう。
私は逃げ込むように近くの森へ入った。
枝葉(えだは)の擦れ合う音色が、耳にこびりついた罵詈雑言(ばりぞうごん)を引き剥がす。澄んだ空気には、苦々しい二酸化炭素の臭いがない。
息を吐けば、内に溜まった重たい澱(よど)みがどんどん出て行く気がした。
捨てたかったものが、ようやく手放せる。
走馬灯には綺麗な思い出が映ると期待しよう。
森の小道を進むと、小さな川が流れていた。
穏やかで、水も透き通っている。
手を浸すと、くすぐったい感触が包みこむ。この水は優しい。
私は大きい石に腰掛け、目を閉じた。
せせらぐ川の声も、緑に響く鳥の歌も、私を邪魔者扱いしない。
水面の煌めきが茜色に染まるまで、私は耳を傾けていた。
車へ戻ると、真っ赤に燃える正義の使者が沈んでいた。
遠い山々の谷間に、ゆっくりと、ゆっくりと、落ちていく。
なんだか、魂の宝石を胸にしまい込むようだ。
そっと、大切に、吸い込まれていく。
いつまでも見ていたい。
そう願って気がついた。
私はいま、時間を感じている。
早く過ぎてほしいと願ってばかりいた時間に、尊さを覚えている。
留めることのできない美しさが、私の中に沁み込んでいた。
そして空は暗くなり、闇が私の感情を塗りつぶす。
この夜が明ければ、居場所のない日常に戻らなきゃいけない。
だからここで終わりにしないと。
私は準備を整え、運転席に座る。
じたばたしていた心臓も、時間と共に落ち着いてきた。
身体に変化を感じる。もうちょっとだ。
ぼんやりとフロントガラスを眺める。
星々は、みんな自分が一番だと輝いていた。
これでこんな空を毎日見上げていれば、人生はよい方向に向かったのかな……なんてそんなの、今さら考えても遅いこと。
まぶたに重さを感じると同時に、闇が深くなり、いよいよ意識がまどろむ。
大小さまざまな光が溶けて、形を失っていく。
涙が頬を伝った。
拭うこともせず、目を閉じる。
その寸前。
すべてが混じりあう景色の中で、一筋の流星が夜を切り裂いた。
そのまま流星は私の心へ吸い込まれていくと、閉じゆく扉の隙間に滑り込む。
そして中で、ぱぁん、と光が弾けた。
私は無意識に運転席のドアをこじ開けて、外に転がり出る。
次第に覚醒する頭で、いまの出来事を振り返った。
いまのは、夢……じゃない。
あの流星はたしかに、私の中へ光を届けた。
だから分かったんだ。
孤独な闇をかき分ける強さを。心を救ってくれる世界があることを。
私は車内に置いた練炭コンロを消し、別れの封筒を破り捨てる。
車内の換気を済ませると、座席に再び身体を沈めた。
どうしようもなくなったら、またここへ来よう。
私は、私を許してくれる場所に抱かれて、心地よい眠りに就いた。
<終>
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