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フリー朗読シナリオ『君は私をなんだと思っている?』

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朗読にご利用いただけるフリーシナリオ『君は私をなんだと思っている?』を掲載します。よろしければ朗読にお使いください。

 ご利用のお願い事はシナリオのあとに記載しておりますので、ご覧ください。

『君は私をなんだと思っている?』本文

……君は私を何だと思っている?
私は誘拐犯ではないし、君に危害は加えない。

とは言っても、この状況では説得力がないな。
地下室で椅子に拘束して目隠し。
映画ならこれから拷問でも始まるようなシチュエーションだ。

しかし私は乱暴などしない。
ただ二、三、君に訪ねたいことがあるだけだ。

欲しい回答が得られたなら、すぐに解放しよう。
安心してくれたまえ。

私が何者なのか、君がなぜこのような状態に陥ったのか、順番に説明しよう。
少々寒くて匂う場所だが、我慢して聴いてくれ。

先日、君はある人物からUSBメモリを預かったはずだ。

知らない……嘘はよくないな。
帽子にマスクのいかにも怪しい奴から受け取っただろう。

中身は見たのか?

……足を小刻みに動かすのは、うしろめたさを表しているらしい。
気にするな、今までここに座った者は皆、秘密を知りたい欲求に屈している。

中身に驚いただろう?
有名芸能人のスキャンダルから大企業の不祥事、政治家の汚職……表に出たら間違いなく世の中を席巻(せっけん)する内容ばかりだ。
ご丁寧に証拠写真や音声データも揃っている。
これを否定するのは骨が折れるに違いない……いや、公表され時点で充分、命取りだ。
早急に対応しなければならない。

不要なものは直ちに回収。
不都合はなかったことに。
おかげで私のような『専門業者』が食っていけるわけだ。

つぎは君の状況について説明しよう。

君はおとといの午前十一時二十七分に家を出た。
五十三分、駅に到着。
五十八分の電車に乗り、六駅目で下車。
駅のホームで複数の荷物を持つ老婆に声をかけ、改札までの運搬を買って出る。
その後ホームに戻り、自動販売機で飲み物を買うフリをしながら釣銭機をさぐる。
合計十台に行うが取得物はなし。
午後十二時四十九分にレッスンスタジオ到着。
いつものようにダンスの個人練習を行い、午後三時に終了。
スタジオの休憩室でスポーツドリンクの新商品アンケートに答えてからスタジオを出る……以上が私の部下の報告だ。

……ああ、そうだよ。
君は二日間ここにいる。
さらに言えば、この説明も初めてではない。

視覚情報を奪われ身動きも取れず、音のない部屋で湿った地下の匂いを嗅ぎ続ける。
時間の感覚など消失して当然だ。

説明は以上。
本題に戻ろう。
手に余る情報が入ったUSBメモリ、渡してもらおうか。

……そろそろいい返事を聞かせてほしいのだが……あいにく私も暇じゃない。
別の手段に移ろうか。

この感触。
首に何が当たっているか、想像に難(かた)くないだろう?
室内の掃除は部下が嫌がるんだ。
血液は落とすのが大変だと愚痴をこぼされる。
まったく、高い給料を払っているのだから、仕事には忠実でいてほしいものだよ。

……警察? 
誰が君を探すというのだ。
信頼に足る友人でもいるのか? 
アルバイトが二日の無断欠勤をしたところで、捜索願(そうさくねがい)なんて出すものかね。

元の生活に戻りたいか?
なら、きわめて簡単な方法がある。

どこの誰とも知らない奴から受け取ったメモリを、私に差し出す。
たったこれだけだ。
これだけで君は『特別じゃない日常』に戻ることが出来る。

私たちも今後一切、君に干渉しないと誓う。
もちろん君も口を慎んでもらうことが前提だが……どうかな?

……なぜ利口にならない。
君に何のメリットがある。
なにか見返りでもあるのかな?

ふむ、ならばこちらも条件を追加しよう。
メモリを差し出すなら、心ばかりの謝礼(しゃれい)を渡そうじゃないか。
そうだな……君が想像している数字、それを一桁増やした金額でどうだい?

……そうか、いやあよかった!
最初からこうすればよかったな。
やはり金は人の心を導く。

それでメモリはどこに……ほう、こんな場所に隠していたのか……これは盲点だ。

中身を確認する。
万が一、情報が漏洩(ろうえい)した場合は、また君とお話することになるだろう。
時間は有限だ、お互い大切にしないとな。

……確認した。間違いない。
要件は完了だ。
ご協力に感謝するよ。

そして結果を伝えよう。
君は不合格だ。
追って正式な通知が届く。

……ずいぶん気の抜けた声を出す。
今の君に関わる合否判定など、ひとつしかないだろう。

テーマパークの着ぐるみダンサー、その審査結果だよ。

四次試験、役員面接で終わりだと思っていたのか。
残念、これが最終審査だ。

いくらダンスが上手くても、知識が豊富でも、外面(そとづら)が良くても。
すべてを台無しにする項目がある。
それが『機密保持(きみつほじ)の意識』だ。

近年、職員が内部事情を漏らしたり、くだらない行為がSNSに投稿されて、企業が多大な損失を被(こうむ)るなんて話は珍しくない。
軽い世間話、一分に満たない動画や、百文字程度の文章が、組織を崩壊させる。
それがもし、世界中で愛されるキャラクターの中身から発信されたとなれば……億単位の金を失うだけじゃない、あらゆるモノが泡と消える。

夢を見せるための舞台に現実など不要。
舞台に立ち続ける者は、それを与え続ける使命を背負う。

だから試す必要があったんだ。
夢の担い手(にないて)の倫理観を。

秘密に関して絶対に口を割らない。
金で情報を売らない。
高いスキルを備えていても、高いモラルがなければ大役は任せられない。
そういうことだ。

おとぎの国は幻想ゆえに完璧であるべきだと、創造主たちは考えている。
現実を想起させる欠片(かけら)はすべて、来場者の目につく前に排除しなければならない。

完全を作りあげることが、君には出来ないということだ。

……なんだ、まだ寝ぼけているのか?
全部作り話だと言っているんだ。
メモリの中身は事実無根(じじつむこん)、フィクションの集合体だ。

私は回収屋なんかじゃない。
テーマパークに雇われた外部委託の試験官だ。
とはいえ、リアルな台本だっただろう?

メモリを渡されたときから、君は舞台に上がったんだ。

『頼む、これを預かってくれ! もちろん礼はする、百万……いや二百万払う!
だから三日後にデータの最後に書いた場所まで来てくれ、そこで金と交換しよう』

何もせずに三日で百万は美味しいよな。
ダンスレッスンのスタジオ代も、ほぼ毎日となれば安くない。
棚からぼた餅の貴重な臨時収入だ。

……ん?
そりゃあそうだ、君にこれを渡したのは私だぞ。
似ているどころか本人だ。
セリフだって忘れちゃいない。

……ご明察(めいさつ)。
スタジオのロビーにいたのも私だ。

『すみません、スポーツドリンクのアンケートにご協力いただけませんか?
お時間をいただくんですけど、全部答えていただければ、後日商品を無料で一箱、ご自宅にお届けいたします!』

金のない奴にとって『無料』は魔法の言葉。
了承(りょうしょう)を得た後は薬の入ったドリンクを試飲してもらう。
長い長いアンケート用紙を埋める最中に眠ってしまった君をこの部屋に運ぶだけ。

ロビーからもっとも近い個室なら一分で運べる。
部屋の温度を下げて、椅子のそばに濡れた雑巾でも置いとけば、個室スタジオも地下室に早変わり。
それっぽい演出に見えるだろう?
いや、視界は真っ暗だったか。

……ああそうだ。
三日どころか、三時間も経ってない。

五感を奪って時間感覚を狂わせようとしたが……思った以上に飲み込みが早かった。
君はもう少し他人を疑え。
だから元友人の借金を背負う羽目になる。

夢を見せるならもっと冷静に、臆病なくらい鋭敏(えいびん)に世界を見ろ。

……とまあ説明するのは簡単だが、全部一人でやるのは骨が折れる。

部下なんているわけないだろう。
これは協力を仰げない仕事でね。
君の行動は私が直接追っていただけだ。

辛いと思うか?
楽しいね。
私はいつも演劇のつもりで楽しんでいる。
そう思えば芝居にも身が入るしな。

……もちろん、タダで済むと思っているよ。
証拠は残らないようにしている。

飲ませたのは超短時間型の薬だ。
君がしかるべき場所に駆け込み検査を依頼する頃には抜けきっている。

……防犯カメラがなんだって?
「芝居の稽古をしていた」といえば通用する動きしかしていない。
会話は分厚い扉が遮(さえぎ)る。
君の首にステンレスの定規を当てている映像が何の証拠になる?

テーマパーク側に言っても無駄だ。
もしもの場合、私をトカゲのしっぽとして扱う契約している。
だからすべてを一人で行い、表向きの最終試験……役員面接のあとに実行したんだよ。

ここでのやりとりは決して明るみに出ない。
舞台裏は見せないものだろう?

……やりすぎ、か。
私も思うところはある。
だが「夢を売る」とはそういうことじゃないかね?

偶像には綻(ほころ)びの一旦さえも見つかってはいけない。
なぜならたったひとつの醜聞(しゅうぶん)が、幻想を崩壊させるからだ。
人物、場所、出来事、すべてに不純物が混じり、透き通る光は濁(にご)りを覚える。
「落胆(らくたん)」と名付けられた光は、もう元の輝きを取り戻さない。
絶対にだ。

だから私たちのような試験官を必要とするくらい、創造主たちは怯えているんだよ。
予期しない夢の終わりを。

彼らはただ、世界を守る義務に忠実である。
すべてはその一言に尽きるのさ。

理解したなら幕引きだ。
心配するな、目隠しは取ってやる。
私を見たところで、どうせ君には何もできない。

……どうだ、ライトの光はまぶしいか?

君は技術も人柄も申し分ないと聞いている。
ここではないどこかで活躍できる場所がきっと、あるはずだ。

私も昔は役者を目指していてな。
同じような夢を追いかけた者として、君を応援するよ。

……なんだ? その目は。
君は私を何だと思っている。

【終】

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作者:竹乃子椎武
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