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【HEARシナリオ部】2021年12月のシナリオ『染まる世界とかわいい女神』

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 たけのこは音声投稿サイトHEARで「HEARシナリオ部」に所属しています。

 物語創作が好きなユーザーによる部活で、HEAR内で自由に使ってもらえるシナリオを制作・公開するのが主な活動です。

 今回は「雪」をテーマにしたシナリオ『染まる世界とかわいい女神』を掲載します。よろしければ朗読にお使いください。

『染まる世界とかわいい女神』本文

 今年初めて降った雪は、真っ赤だった。
 非日常の光景に、私は世界の破滅を切(せつ)に願う。

 鋼鉄より重いため息が、朱色のタイルに溺れて沈む。
 診療所の待合室で私はいま、審判の刻(とき)を待つ。

 紅(くれない)に染まった壁を見つめ、思い出すのはあの日のこと。

 

 会社の健康診断で、初めて採血検査を受けた。
 止血バンドを巻いて診察室から出たとたん、私は意識を失う。

 原因は「血管迷走神経反射(けっかんめいそうしんけいはんしゃ)」。
 脳への血流減少と、体調不良・痛み・怖さが重なって、気絶してしまう現象だ。威力の高い必殺技にしか聞こえない。

 たしかに連日連夜の残業で、食事も睡眠も不足していた。
 採血が不慣れな看護師さんで、針の痛さに恐怖を植え付けられた。

 あと、前日に徹夜で新作ゲームをプレイしたけど……まあ、これはきっと関係ない。

 

 ともかく。

 あの日以来、私は採血が苦手になってしまった。
 健康診断当日は白い物がすべて赤く見えるほどの拒否反応。

 そして今年の転勤で、検査病院が変わってしまった。
 慣れない診療所での採血に『不安』のステータス異常は深度(しんど)を増す。

 痛かったら嫌だな……また倒れて介抱されると恥ずかしい……もういい大人なのに……。

 黒歴史をちぎっては投げていると、私の名前が呼ばれた。

 いよいよだ。

 私は乾いた唾を飲み込み、診察室に臨む。

 入室するとすぐに、ベッドでの採血を願い出る。
 横になることで気絶の確率を減らすためだ。

 腕を出して仰向けに寝ていると、やって来たのは若い看護師さん。
 手順を口に出しながら、ガチャガチャと器具を確認している。

 ……不安だ。

 私の腕を触りながら看護師さんが困惑し始めた。
 血管が見えない、どうしよう、というつぶやきが聞こえる。

 これ絶対に痛いやつだ……怖い……痛いのイヤだよぅ……!

 天井も、壁も、ベッドも、鮮やかな紅蓮が支配する。
 握ったシーツがぬるぬるしてきた。辛(から)くてねっとりした空気が喉に張り付く。心臓がドアをぶち破りたいと暴れまわる。

 でも無理ムリむりぃ……! もう私、いい歳の社会人だからぁ……!

「わたしが代わりましょうか」

 目じりの涙がこぼれそうになったとき、かわいい声が聞こえた。

 トマト色のカーテンを開けて入ってきたのは、背の小っちゃい、おばあちゃんの看護師さんだった。
 ベッドの横に立つと、私の顔を覗き込んで、にこにこと微笑む。

「大人でも注射が好きな人なんていないから、安心して」

 眼鏡の奥に浮かぶ優しい瞳が、こわばった身体をほぐしていく。

「冷えると思ったら、雪が降ってるのね」

 私のまぶたに浮かぶのは、この世の終わりを願った風景。

「孫が雪を見るとはしゃいでねえ。すごく楽しそうなの。わたしは冬が嫌いなんだけどね。だって寒いでしょ? 水が冷たいからお茶碗を洗うのも大変だし。暖房をつけても、部屋がなかなかあったかくならないから困っちゃう。はい、おしまい」

 …………えっ?

 気づくと、二の腕に四角い絆創膏。
 針の痛みも、血を抜かれる感覚も――エレベーターが落下するような、あの感じさえなかった。

 すべてが世間話を聞いているうちに終わっていた。
 まさに、神業……!

「大丈夫だと思うまで、横になってていいからね」

 そう言って、おばあちゃんはちょこちょこと部屋を出て行った。

 

 診療所を出ると、ほわぁと湯気みたいな息が洩れる。
 ミルク色の小さな建物に、私は希望を見出していた。

 呪いは解けた。きっと来年から世界は染まらない。
 なぜなら、ここには私の女神さまがいるから。

 祝福する白い雪に、私は思いきり両手を伸ばした。

<終>

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