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【HEARシナリオ部】2022年9月のシナリオ『うさぎさんといっしょ』

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 たけのこは音声投稿サイトHEARで「HEARシナリオ部」に所属しています。

 物語創作が好きなユーザーによる部活で、HEAR内で自由に使ってもらえるシナリオを制作・公開するのが主な活動です。

 今回は「月」をテーマにしたシナリオ『うさぎさんといっしょ』を掲載します。よろしければ朗読にお使いください。

『うさぎさんといっしょ』本文

 いつものように月を見上げて歩いていると、白くて大きなおまんじゅうが、ゆっくりと降ってきた。思わず両手を伸ばして受け止める。

 しゅぽっと私の腕の中に入ったそれは、ふわふわでぬくぬくした、一匹のうさぎさんだった。

 おともだちと縄跳びしてたら、飛びすぎちゃった……。

 うさぎさんは話しながら鼻をひくひくさせている。それからスーツの袖をつかんで、きゅーんと泣き始めた。
 放り出すわけにもいかないので、私のマンションに連れていく。

 部屋に帰ってくると、うさぎさんがぺこりと頭を下げた。

 ひとりはさびしいので、いっしょに居てください。迷惑はかけません。

 私は了承して、生活に必要なものを聞いた。
 うさぎさんはご飯もいらないし、トイレも使わないそうだ。

 その代わり、テーブルにあった楕円のベーカリーバスケットを貸してほしいと言われた。
 いいよと言ったら、中にすっぽりと収まり、目を細めてぷーぷーと寝息を立て始める。

 緊張が緩んだのかな。うらやましい寝顔だ。
 私も寝なきゃ。

 翌日。
 うさぎさんが留守番したくないと言うので、通勤カバンに入れて出社した。
 どうやら他人には姿が見えないらしい。どんな理屈なんだろう。

 会社でもデスクの上で丸くなって、私のそばにいてくれる。
 たびたびうさぎさんの頭を撫でた。
 手のひらの感触と、そこに残った甘いハーブの香りに、気持ちが落ち着く。

 数日経った夜。
 私はつい、うさぎさんに仕事の愚痴をこぼした。

 みんな自分勝手なんだよ。
 『普通』って言葉で自分の意見を包みこんで、価値観を押しつけてくる。
 断れない『親切』が私の時間を奪い、中身のない『心配』や『感謝』が精神を逆なでする。
 そして相手の感情を真っ直ぐ受け取れない自分に、欠落感を覚える。

 あふれてくる苦味に溺れていくと、うさぎさんが私の頬をぺろぺろと舐めてくれた。
 くすぐったくて、心地いい。

 誰かに悩みを打ち明けたことはない。
 愚痴を言いたいときはあった。だけど話すことで、積み上げてきた自分の印象を崩すのが怖い。暗い話で他人や空気を淀(よど)ませるのも嫌だ。

 だから感情のコップに蓋をして、奥の奥に隠していた。あふれても気づかないフリをして、汚れを拭き取りもしないで。
 でもいま、コップは空になった。今度は甘くて美味しいジュースを注ぎたい。

 気づけば、うさぎさんに悩みを話すことが日課になった。私にだっこされながら耳を傾け、私の言葉をすべて受け入れてくれる。

 そうだ、次の休みは買い物に行こう。うさぎさんの欲しいものをなんでも買ってあげるんだ。

 金曜日の夜、窓をぺちぺちと叩く音がした。
 カーテンを開けると、うさぎさんと同じ姿がふたり、ベランダに並んでいた。

 そっか。今日でお別れなんだね。

 ……引き止めたい。
 でも、お友達と抱き合っている姿を見たら、できない。

 うさぎさんがいなくなったら、また元の生活に戻ってしまう。
 いいや、もっとつらくなる。

 涙をこぼさないようにいつも月を見上げていたのに、今度から月を見ても悲しくなってしまう。うさぎさんを思い出してしまうから。

 私はどうすればいいの?
 独りは寂しいよ……。

 口を結んで下を向いていた私に、うさぎさんはほっぺをすりすりしながら教えてくれた。

 だいじょうぶ。もうひとりじゃないよ。

 うさぎさんは丁寧にお礼を述べて、月に帰っていった。
 テーブルの上で、空っぽのベーカリーバスケットが中身を求めている。

 入れるものなんてない。

 ある日。
 同期の知り合いから上司の不満を聞いていると、つい「実は私も……」と話してしまう。あふれた感情がうっかり口からこぼれて出て、止まらない。

 相手は一瞬おどろいたが、真剣に話を聞き、最後は嬉しそうな顔で共感してくる。
 それから話が弾み、初めて誰かと二人で一杯飲みに行った。

 どうやら、愚痴をまったく言わない私が悩みを溜め込んでいるんじゃないか、と心配だったらしい。だから喜んで話を聞いてくれた。
 私はたくさん話して、いっぱい食べて、飲んで、満たされていく。

 言葉にしなきゃ気づかないものが、ずっとそばにあった。

 うさぎさん、こういうことだったんだね。
 ありがとう。私も独りじゃなくなったみたい。

 帰り道にほろ酔い気分で見上げた月を、色濃く感じた。

 うさぎさんのおかげで、つまらない毎日がちょっぴり楽しくなってきた気がする。
 ようやく私の人生にも、ツキが巡ってきたみたい。

〈終〉

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