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【声劇台本】玄関開けたら佐藤の異世界 選択を示す平原の異世界(3人・15~20分)

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作品情報

・現代劇/3人読み
・登場人物
1)佐藤:男性、三十代後半、未婚の会社員
2)ゴムボール:性別不明、目も口もない、見た目は青いゴムボール
3)N=ナレーション
・朗読時間:約15~20分

『選択を示す平原の異世界』本文

N 佐藤さんが家の玄関を開けると、目の前には地平の彼方まで続く大平原が広がっていました。
 出勤しようとしただけなのに。

佐藤「……んじゃこりゃあああぁぁぁぁ⁉」

N あり得ない光景に、月曜のかったるい気持ちが吹き飛んだ佐藤さん。 
  後ろを向けば、たしかにそこは長年住んでいるアパートの一室。 
  でも前を向けば、自転車置き場の代わりに大草原。
  理解が許容範囲を超え、佐藤さんは笑い声を上げました。
  ww(わらわら)と草が生えました。

佐藤「まさか30代後半で異世界転生とはなあ。いや、トラックに引かれてないから、異世界召喚か。でも人っ子一人いないぞ」

N とりあえず辺りを見渡す佐藤さん。ふと違和感を覚えます。

佐藤「この風景……どこかで見たことあるぞ。よく知ってる……でも俺の記憶ではもう少しなだらかで、色鮮やかで……そうだ、思い出した」

N 職場に置いてあるパソコンのデスクトップ画面でした。
  異世界へのワクワク感は急速に萎え、出勤時間と電車の時刻が気になります。

佐藤「やべっ急がないと。玄関にカバン置きっぱなしだから戻らなっれぇドアがないっ⁉」

N 振り返ると、背後にあったはずの玄関が消失していました。
  風にそよぐ平原がただただ、どこまでも続いています。

佐藤「マジかよ……あーしかもカバンの中にスマホ入れっぱなしだ。いま何時だよ……えぇ? なんだこりゃ」

N 右袖をめくると、腕時計の針がきれいにアルファベットの「Y」の形で止まっていました。
  六時以外で短針が真下を指すことはないため、電池切れにも見えません。

佐藤「夢、なのか……古典的な確かめ方だけど(ほっぺたをつねる)普通に痛い……意識はハッキリしている。意味わからん……」

N 外した腕時計をポケットにしまい、青空を見上げました。
  雲がのんびりと流れています。暖かさは春先くらいでしょうか。
  洗濯物を干せば、よく乾いてくれるでしょう。
  佐藤さんは悩んでいるのが、だんだんと馬鹿らしくなってきました。

佐藤「まあ俺がいなくても店は回るし、出勤しないときは時間を間違えてるか、もうこの世にはいませんって伝えてあるからいっか」

N 戻る手段が見つからない以上、どうしようもできない。
  佐藤さんは散歩を楽しむように歩きはじめました。
  アニメとゲームとラノベ好きが講じて、混乱なく現状に適応したのです。

佐藤「スーツで草原を歩くなんて、俯瞰すればおかしな絵面だな」

N 革靴で草を踏む音や感触に、心地よさを覚えます。空気も美味しく感じました。

佐藤「そうだ。異世界召喚したんなら、特殊な力とか備わってるんじゃないのか?」

N 佐藤さんはおもむろに開いた手のひらを前方に向けて、叫びます。

佐藤「ファイヤーボール!」

N しかし火の弾が出ることはなく、日頃のストレスがちょっぴり発散されただけでした。
 
佐藤「なんだよ……一般人が異世界に来たら、魔法が使えたりズルいくらい俺つえーってなるんじゃないのかよ。本当に異世界かここ?」

N 転生・召喚された現代人は優遇オプショナルが付属されるとばかり思っていたので、佐藤さんは結構がっかりしました。
  これではただの月収が低い会社員です。

佐藤「サラリーマンがなんの能力もないまま異世界に来て何しろっつうんだ――ん?」

N 靴底に風船のような弾力。見ると、青い球体を踏んづけていました。

佐藤「うおっ! なんだこれ、モンスター!?」

N 佐藤さんは後ろに飛んで身構えます。
  長年患っている腰痛がピキリと痛みましたが、さすっている暇はありません。

佐藤「レベル1で武器もないのに戦えって……やられたらどうなるんだ? 教会でよみがえるの? 所持金が半分になるとか……? 昨日ATMでお金おろしたばっかりだから財布に結構入ってるんですけど!」

ゴムボール「佐藤さん、落ち着いて」

N 青い球体には目も口も見当たらず、声だけが響いてきます。
  そして小動物のように震えています。

ゴムボール「ぷるぷる。ぼくは悪いスライムじゃないよ」

佐藤「それは……! いいスライムしか言わないセリフ……信用していいのか?」

N 某大作RPGの有名なテキストを思い出しつつ、佐藤さんは少しだけ構えを緩めました。

佐藤「っていうか、スライム、なの? 青いゴムボールにしか見えないけど……」

ゴムボール「ぼくは案内役だよ。佐藤さんを導くのが役目なんだ。あそこの看板を見てよ」

N ゴムボールがにゅっと体の一部を細く伸ばします。
  指し示す先には、ファンタジーRPG作品か、遊べる牧場でしか見ないような、木製の看板が立っていました。

佐藤「道もない平原に看板立てるのおかしいだろ。ってか待て、なんで俺の名前を知ってる?」

N 佐藤さんは異世界でも個人情報の流出を恐れます。
  貯金は雀の涙ですが、それでも不正にだまし取られるとつらく悲しいから。

ゴムボール「佐藤さんの名前を知っているのは、僕が案内役だからだよ」

N 同じ言葉の繰り返しにイラっとしましたが、戦っても勝てないと思い感情を抑えます。
  後で絶対に確認してやろうと心に決めて、佐藤さんは看板に近づきました。
  看板には上向きの矢印と「はじまりの街」の一言が掘られています。

佐藤「まっすぐ進めってことか……もうちょっと名前あるだろ。それに日本語ってのも違和感あるな。ゲームをやってるときは何も感じなかったけど、実際に生で見るとこう……コレジャナイって気がする」

N ぶつくさ言いつつ、とりあえず指示に従って進みます。
  ゴムボールは懐いたペットのように、ぽよぽよとついてきました。

佐藤「お前、名前とかないの?」

ゴムボール「ぼくに案内役以外の設定はないよ」

佐藤「どうやったら現実世界に帰れるんだ?」

ゴムボール「正しい道を選べばいいんだよ」

佐藤「この先も選択肢が出てくるってことか。RPGっていうより、アドベンチャーっぽいな。どっちにしても、まずは町に行って、この世界のことを調べないと」

N ゴムボールと一緒に10分くらい歩きましたが、一向に町は見えてきません。

佐藤「まだかよ……序盤で歩かせる距離じゃないぞ」

ゴムボール「次の看板が見えてきたよ」

N ゴムボールがぽつんと立つ看板に跳ねていきます。
  佐藤さんはお金をもらっても走りたくない肉体年齢なので、ゆっくりと向かいました。
  看板には先ほどと同じく矢印と文章が掘られています。
  一行目は左の矢印と「距離は長いけれど安全な道」
  二行目は右の矢印と「距離は短いけれど険しい道」と書かれています。

佐藤「いや真っすぐじゃねえじゃん」

N 反射でツッコミ、左に向かって進みます。景色は一向に変わりません。
  明日の筋肉痛を心配していると、また看板が立っていました。
  今度は三行の文章です。
  一番上には「自分が得意と思うのは?」という質問。
  その下には「左、近距離で戦う戦士系」「右、遠距離で戦う魔導士系」と続きます。

佐藤「町はどこだよ!」

N 当然の疑問が大平原に響きました。答えてくれる人はいません。
  佐藤さんは魔法に限らず、遠くから攻撃するキャラクターを好んで使用します。
  某モンスターを狩るゲームなら、シリーズを通して弓一筋で遊んでいました。
  だから右へ進みます。
  しばらく進むと、また看板が。

佐藤「『冒険を初めて中盤、敵にやられてピンチ!回復手段は世界に一つだけの完全回復薬のみ。どうする?左、後のことは考えず使う。右、もったいないので諦めてやられる』……大事にとっておいて結局使わないんだよな」

N 内容に疑問を抱くこともなくなり、右へ踏み出しました。

佐藤「もしかしてずっとこんな感じで進むのか? 何だこの異世界?」

N この後も看板の問いかけは続きます。
  『自分も敵もあと一撃で倒れる状態。優先するなら攻撃、回復?』
  『古い装備は売りますか、保管しておきますか?』
  『レアドロップを狙うならどれくらいの時間粘りますか?』
  など、ゲーマー向けのアンケートみたいな質問が続きました。
  佐藤さんは普段のゲームスタイルのままに道を選びます。
  しかしどこまで進んでも地形は変わらず、はじまりの町も見えてきません。

佐藤「もう一万歩くらい歩いたんじゃないか? 太ももに乳酸が溜まってるよ。次の看板で休憩しようぜ」

N もはや珍しさも感じなくなった木星の看板ですが、それは今までと違いました。
  看板には文字が掘られていません。

佐藤「おい、何も書いてないぞ。バグか? もしかして裏に書いてあるとか……うぉわっ!」

N 佐藤さんは慌てて身を引きます。
  同じ景色に飽きていたせいで気づきませんでしたが、看板のすぐ後ろは地面がなくなっていました。
  直角に切り立つ崖のようです。
  目の前も崖下も先はなく、ただ青空と同じ色が広がっています。
  平衡感覚が奪われていくような景色に、頭がクラクラしてきました。

ゴムボール「バッドエンドだね。ここでおしまい。どうすることもできないよ」

佐藤「だったらひとつ前の看板まで戻ればいいだけだろ……ぐべっ」

N 何かで顔面に打ちつけました。
  さぐるように手を伸ばすと、目を凝らしても見えない、透明な壁が立っています。
  その感触はどこまでも続いていました。

佐藤「いつの間に壁が……どうなってるんだ」

ゴムボール「スクロールしたら戻れない仕様だよ」

佐藤「昔の理不尽なファミコンゲームか! セーブポイントからやり直すとかないのか?」

ゴムボール「セーブなんてあるわけないよ。佐藤さんの世界と同じ設定だもん。佐藤さんの人生は自由に前の選択肢まで戻れたの? 行動したことを一切なかったことにして、都合のいい分岐点からやり直せたの?」

佐藤「異世界のくせに現実世界みたいなことを……お前も案内役なら説明しろよ」

ゴムボール「道を選んだら戻れないこと? そんなの誰でも知ってることじゃない」

佐藤「こんなことになるなんて思わないだろ!」

ゴムボール「佐藤さんの世界では、誰かが選択の結果を教えてくれたの? 選んだ道に対して責任を取ってくれる人がいるの?」

佐藤「そんなやついるわけない……ああもう、右か左か選んでゲームオーバーとかクソゲーだろこんなの!」

ゴムボール「なら選ばなければよかったんだよ。歩こうと思えばどの方向にも進めたでしょ」

佐藤「矢印があったらみんな従う」

ゴムボール「みんなって誰? それに佐藤さんは疑問に持ってたよ『真っすぐじゃねえじゃん』って。真っすぐだと思ったら、自信を持って真っすぐ進めばよかったんだ。差し出された二択にただ従って進んで、不幸な目にあったら誰かのせいにする。そっちのほうがよっぽど理不尽だし、身勝手だよ」

佐藤「くっ……こいつ……!」

N 佐藤さんは苛立ちを隠せませんでした。
  どうしてこんなファンタジー世界のスライムもどきに諭されているのか。
  最弱モンスターのくせに。序盤しか出番のないくせに。

佐藤「経験値が1のくせにぃぃぃ!」

N 佐藤さんは看板を引っこ抜き、ゴムボールに向かって振り下ろしました。
  しかしぶよんと跳ね返されます。

ゴムボール「八つ当たりは良くないね。じゃあ僕のターンね」

N ゴムボールはは身体から触手のようなものを伸ばし、佐藤さんの足首を絡めとります。

佐藤「痛ってぇ!」

N 勢いよく引っ張られ綺麗にすっ転び、後頭部が地面に直撃。
  コント番組のワンシーンのようです。
  ゴムボールの触手で佐藤さんの身体はズルズルと引きずられます。崖に向かって。

佐藤「おいやめろ、スーツが擦れる! 今クリーニングに出してるからこの一着しかないんだよ!」

ゴムボール「どうせ貴重なアイテムがあっても使わないでしょ? いまがピンチでも諦めるんだよね」

佐藤「それはゲームのはな――」

N 佐藤さんの身体は崖の向こうに放り出されました。

佐藤「なんだこの異世界ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁ……」

N どこまでも、どこまでも落ちていきます。

佐藤「……ぁぁああああ……あっ?」

N 気がつくと、佐藤さんは玄関先でひっくり返った亀のようにもがいていました。

佐藤「え、あれ、夢? 今って……はぁっ!」

N 腕時計を見ると、とっくに電車に乗っている時間でした。

佐藤「走っても間に合わねえ……詰んだ……遅れるって電話入れるか……いや、諦めたらそこで試合終了。今こそ奥の手と限界突破を使うとき!」

N 佐藤さんは通りに出ると、タクシーを捕まえて駅に向かいました。
  運よく丁度来た急行電車に飛び乗り、目的の駅で下車してから全速力で走った結果、出勤時間二分前にタイムカードを押すことができました。
  遅刻は免れましたが、しばらくは筋肉痛が続きましたとさ。

<終>

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